恋人達の密かな決意

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来年度は女子学生が入ってきそうだ――
という情報に、院生・学生は色めき立っていた。
「長い冬だったよなー」
中納があまり感慨深げなので、学生達は笑うに笑えず困っていた。

中納ははじめて3ヶ月もひとりの女の子(生物学科4年行動生態専攻)と付き合い、最近振られた。
振られた理由は分からない。
言いたがらないというよりは、中納自身よく分からないらしい。

「だから、佐山さん、義理チョコくれ」
どこがどうつながってそうなるのか。
その場にいた学生達がずっこけた。
「チロルチョコでいい。いや、チロルチョコがいい」
「それはいいけど……」
「まさか磯崎にチロルチョコってことはないんだろう?」
「うん。まあ…」
「おっ、もう準備万端だな」
「やだなあ。本人の前でそういうこと言わないでよ」

バシッ!

「ううー……」
中納は叩かれた肩を押さえて呻いた。
「もうっ! 中納さんって大袈裟!」
「大袈裟なもんか。佐山さんのは本当に痛いんだよ。女じゃねーよ」
「失礼ねー」
「磯崎ィ、佐山さんは本当に女か? ついてんじゃ…」
中納がみなまで言う前に、後輩達が彼の口を押さえた。
「佐山さんに病院送りにされますよ」
「磯崎さんに五寸釘打たれますよ」
美佳子が面白そうに笑っているので、佑哉としても黙ってみていた。
完全に誤解されている。
自分は呪いのかけ方など知らないし、美佳子だってやたらに拳を使うことはない。

「それじゃ、チロルチョコ買ってきますねー」
さよならの代わりに、彼女は約束して帰った。
続いて帰ろうとした佑哉は引き留められる。
「磯崎、飲みにいこー」
「断るっ!」
佑哉は毅然と断ったつもりだが、中納の方がもっと毅然としていた。
「ダメだ! チョコ買うところについてこられたら迷惑だぞ。おまえはこっちだ」
「いやだ」
「幸せいっぱいのスケベ男が友だちの愚痴もきけないっていうのか」
「聞けない」
「ゆるせん。おまえに話がある。来いっ!」
「いやだーーーーー!」

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2月14日。
去年までの美佳子は遠巻きに眺めていただけだった。
愛する男性に特別な思いを伝えるという意味合いが、あんな軽薄なイベントに込められるとはとても思えなかった。
本気を冗談に託して、ならあるかもしれないという程度の認識だった。

誰にどう見えようと関係ない。
キリスト教徒であろうとなかろうと、聖ヴァレンタインが背中を押してくれるのを感じる。

先にチロルチョコを調達してから目当ての店に向かった。
バッグの中を探り、メッセージカードを持ってきたことを確認した。(何度目だろう?)
何度見返しても恥ずかしいけれど、自分では取り出せないように一緒に包装してもらうつもりだ。
一番正直な気持ちを伝えようとした拙い言葉の数々。
彼がそこまでは受け入れられないと言うなら、その時点で妥協点を探ればいい。

今回も金城有希子に全面的に頼ってしまった。
輸入チョコレートを扱う店を紹介してくれたのも、おすすめを教えてくれたのもユッコちゃんだ。
男性向けかな、とユッコちゃんが勧めたのは、洋酒を練り込んだ生チョコレートだった。
美佳子には味見ができないし、美佳子以上にアルコールに弱い弟も全く頼りにならない。

「あの…佐山ですけど、予約していたショコラを受け取りに来ました」

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「高崎が無事に卒業して、同窓の院生が増える」ことを祝って乾杯した。
「フリーの女子学生が入ってくる」ことを祝って乾杯した。(フリーだと決めつけるのもどうかと思うが。)
佑哉と美佳子の交際が4ヶ月も続いていることを祝って乾杯した。
何度も乾杯して、話題はだんだん下半身の方へずれていった。

中納が、彼好みのややふっくらとした女の子と意気投合したのは、まだ3ヶ月前の話だ。
誕生日にプレゼントを贈り、食事をして、性行為に及んだ。
それから毎週デートして、中納ははじめて長期間の幸せに浸った。
(今までは3回目のセックスが鬼門だった。いつでもその直後に振られたのである。)
この幸せはずっと続く、何せいかにもヲタの磯崎ですら恋人ができたくらいだから、この研究室にも運が向いてきたのかも知れない……
などと、中納が考えはじめた矢先に、またもや振られてしまった。
彼女はフィールドノートを中納に突きつけて言った。
「まるでトックリバチの営巣行動よ」

中納は問題のフィールドノートを取りだし、3人で見た。
それは中納と彼女の全19回にわたるセックスの記録だった。
前戯の手順と時間(秒単位で記録されている)経過、スラスト回数からイジャキュレーションに至るまでの時間と反応。
――完璧である。
男性向け雑誌でそのまま紹介できそうな手順と時間配分ではないか。
しかも、その誤差はすべて2秒以内に収まっている。
5回、イジャキュレーション直前に「bell」という表記があり、その後は最初から同じ動作が繰り返されている。
決して、ちょっとだけやり直しという手抜きはしていない。

「俺のどこが悪いんだー?」
中納は首を捻り、佑哉にアドバイスを求めた。
そんなことを言われても、童貞に答えられるわけがないだろう。
「佐山さんだと体力があるから、これじゃ足りない、…かも」
高崎が呟いた。
佑哉はギョッとした。

中納は仕方ないとして、高崎まで経験があるのか?
理不尽だ!
「そうなのか?」
中納が詰め寄ってきた。
「磯崎さん、まだ…なの…かも」
「そんなはずがあるか。磯崎のところは俺より早くから付き合ってるんだ」
「でも、佐山さん、まだ処女って感じがするかな」
佑哉は血の気が引いていくのを感じていた。
もしかしたら、今ので髪の毛の100本や200本は白くなったかも知れない。
「きょうびそんなものが分かるか。俺の経験では、処女も非処女もヤリたい時は同じだ。
な、磯崎?」
「同意を求められても困る」
「だから、なあ、磯崎、4ヶ月ヤってまだ続いてるってことは…どうやってるのか教えてくれよ〜!
おまえしか頼れるものがないんだ〜〜〜!」

佑哉の額に脂汗が浮いた。
と、その時、
「わぁ、さすがですぅ〜」
という若い女性の声が聞こえた。
「ありさちゃんはあと
中納は隣との間仕切りにぴたりと身体を寄せた。
佑哉も高崎も思わず倣ってしまった。

「そーなんですよォ。
やだぁ、この人、金太郎飴エッチだ、と思ったんですけど、科学的に調査することまでは考えませんでしたぁ」
「ふふふ。残念なのは、学術論文として発表できないことね」

中納が凍り付いた。
彼を「トックリバチ」と評した元カノはその前に付き合っていた野田ありさの友だちだったらしい。

「この“bell”ってなんですか?」
「どこからが生得的行動で、どこまでが学習行動か調べるための実験なの。
クライマックス直前で目覚まし時計が鳴るようにセットしといたんだけど…
見て。5回とも最初からやり直しているでしょ?
彼の場合、一連の性行動がすべて生得的だと言えるね」
「プログラムされたセックス。……やーな感じ」
「そう。性行動が始まってしまうと、あとはプログラム通りに進行するだけだから、
女の側のコンディションなんかはまったく考慮されない。
これならニホンザルの方がよっぽど人間的な…学習されたセックスしてるよ」

ガタン!

3人が乗り出した所為で、間仕切りの衝立が倒れた。
男3人は隣のテーブルの下に頭を突っ込んでしまった。
「ヤダッ、中納君!」
「…イヤラシイ!」
男達はとにかくテーブルの下から出てきた。
「やだ、じゃないだろ!
結局何が不満なのか、言ってみろ。
……回数か、テクニックか?」
「毎回同じだってところよ!」
彼女達が声を揃えた。
すると、中納はホッとした表情になった。
「なんだ…そうだったのか。それならそうと言ってくれれば良かったのに」
本当に分かったのだろうか?……女性達は疑いの目を向けている。
佑哉と高崎は顔を見合わせた。
「女って、男よりもマンネリを感じるのが早いんだな。そうかあ……
で、どんなプレイをしたかったんだ?」
彼女達は「やっぱりね」と頷きあった。
「中納さん…そんなこと、別れた彼氏には言えないんじゃないかな」
高崎が棒読みで言った。
「そうか…そうだよな。じゃ、磯崎に聞くよ」
中納は間仕切りを直し、場所を変えようと提案した。

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カラオケルームで中納に詰め寄られ、佑哉はやむなく未経験であることを白状した。
「またまたー」
中納はなかなか信じなかった。
高崎は1発納得だった。(それもちょっと嫌だ。)
1時間ほどして
「おい、おまえら本当に童貞と処女なのか?」
信じられない、と呟きながら、中納が認めた。
「おまえ、やる気あるのか?」
「ある」
「ヤル気だけはあっても、実行に移せないのかも」
高崎がクスッと笑った。

ハッキリ言うなぁぁぁぁぁ!

「磯崎、高崎相手にキレてる場合じゃない」
いつの間にか中納が立ち直っていた。

「付き合って4ヶ月にもなるのに煮え切らない男なんか、女が愛想尽かすぞ」
「それは言える」
「このままでいくと、彼女は別の男に乗り換える。それで、その男が彼女の処女を奪ってくんだろうな」
2人で代わる代わるに責めた。
「美佳子さんはそんな人じゃない」
佑哉がようやく言い返したが、2人とも即答。
「人は見かけによらない」
「ハッキリしない男を待てる女なんかいない!」
「ううう…」
彼女を不安にさせたことも、泣かせたこともある。
男としての態度がなってないと言われれば、そうかもしれないと思う。
「中納さんの言う通りにしたら、3回で終わり」
高崎が珍しく断言した。
「さっきの娘とは19回ヤッた」
中納が気を取り直そうとしたが、もう無理だった。
「あー、分かったよ!
3回目までの俺と、童貞の磯崎じゃ話にならん。
……よし、ビデオだ! おまえ、ビデオ学習しろ」

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恥ずかしいから、普通の映画作品の中に紛れ込ませて借りよう、と佑哉は考えた。
中納の主張に全面賛成はしないまでも、ある程度の知識は必要だと思う。
彼女は処女なのだ。
優しく抱きたい。痛い思いをさせたくない。
そう願うのは当然のことだと思う。
だが、優しくしたくとも、今の佑哉では自分のことでいっぱいいっぱいになりそうで、願いとは正反対の行為をやりかねない。

高崎が後ろで「僕にだけ聞かないのは失礼だ」と呟いていた。(無視した。)
佑哉は「処女」というタイトルを見つけたところだった。
中納は「変わったもの、変わったもの」と呟きながら物色していた。
2人が相手にしてくれないので、高崎も気を取り直して好みのものを探し始めた。

一人なら堂々とアダルトビデオを物色したりしないだろう。
下宿中の中納と高崎だって、もう2度と行かないような店で要り用のDVDを購入してくるに違いない。
同じ目的をもつ男が2人一緒だというので、気が大きくなっているのだ。

が、肩を叩かれた時はさすがにギョッとした。
なぜか海野航一が後ろに立っていた。
海野は佑哉の手の中のものをチラリと見て、ぐっと親指を突きだしてみせた。
「頑張ってください」
それだけ言うと、彼は別のコーナーの方へ行ってしまった。

よく考えてみれば、もう高校生ではないのだから、美佳子以外の人にアダルトコーナーにいるところを見られても何の問題もないではないか。
海野だって、男同士だ、よもや美佳子に言いつけたりしないだろう。

覚悟を決めて3人一緒にカウンターへ行くと、海野がいた。アルバイトだったらしい。
中納と佑哉は気恥ずかしかったので、カウンターに2人いたのをいいことに海野を避けてしまった。

「涼、こっち、こっち」
海野航一が手招いた。
その後、カウンターに近付いてきた男の子は不肖弟だった。
佑哉はアダルトものが間にはさまっていることを確認した。
「おまえのところはいやだ」
「そっちは2人並んでるよ」
「構わん」
不肖弟はこともあろうに佑哉の後ろに付いた。

不肖弟には「男同士のよしみ」が通じそうにないように思われる。
佑哉の窮状に海野が救いの手をさしのべた。
「お客様、こちらへどうぞ」
佑哉は高崎の後ろへ移動しながら、さりげなくDVDを涼と反対側の手に持ち替えた。
高崎は潔くアダルトものしか選んできていない。
「人妻シリーズ」とある。
今日の中納の選択基準は「変わったプレイ」だから、むしろ高崎の後ろでましだったのかもしれない。
不肖弟は何を観るのだろう?
ちらりと、評判だった純愛映画と「茶道入門」が見えた。
佑哉の視線を感じたのか、涼はDVDを反対側に持ち替えた。
あれなら恥ずかしくも何ともないのに。

その純愛映画は、一昨年の春、紗耶香が大学の合格通知を受け取ったばかりの辰也と一緒に観にいったものだ。
「辰也君はその気になっちゃうし、私は照れくさいし、まいったなあ」
紗耶香は笑いながら報告した。
「これからおまえが受験生だというのに、随分暢気じゃないか」
苦々しい思いを知られたくなかったが、口調はどんどん皮肉な色合いを帯びていった。
当時、佑哉は紗耶香のBFが気に入らなかったのだ。
あんな大雑把な男など、妹には合わないと怒っていた。
(今では、神経質になりがちな紗耶香にはあの飄々とした雰囲気は良く合うと思っている。)
「やあね、節度は心得てます。私が信じられないの、お兄ちゃん?」
紗耶香は気にした様子もなく、受け答えをしていた。
あの思いは愛する人がいる者と孤独な者との差であったかと思い当たる。
紗耶香には悪いことを言った。
「お待たせしました」
海野が手慣れた様子で会計をしていく。
佑哉の意識としては、とりあえず処女相手のセックスを観たら、今度はあの純愛ものを観ようかという方向へ飛んでしまっていた。

「おい、待て」
3人で店を出たところで、追いかけてきた涼が佑哉の肩を掴んだ。
「うわっ!」
「キサマ、そういうつもりでみかねえと付き合っていたのか」
涼の声が震えている。
しかし、佑哉には何がおきたのかよくわかっていない。
「不潔だ! みかねえとは別れろ」
3人とも、涼が殴りかかってくるかと思った。
しかし、涼はそのまま店内に戻ってしまった。

「男がエロビデオ観て何が悪いーーー!」
パニックが治まった中納が叫んだ。
「でも、処女陵辱ものはさすがにまずかった…かも」
高崎が呟いた。

いつの間に人の選んだAVにチェックを入れたんだ、なんぞと考えている余裕はなかった。
高崎の言ったことがあまりにも衝撃的だった。
陵辱?
佑哉はガサガサとバッグの中を探った。
………
全く参考になりそうにないAVがそこにあった。



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結局あの後は中納の下宿でAV鑑賞会になってしまった。
映像に見入ってしまったが、やはり参考にはならなかった。
「初めての女の子でも気持ちよくなれるセックス」みたいなのはないのか、と叫んだ佑哉に、経験者達は大笑いした。
「ばーか。そんなものは本能だ。昂奮する前から気持ちいいもヘッタクレもあるか。
♂の感性が頼りだ!」
中納には説教された。
だが、中納の下宿から引き上げる時、高崎も独特なアドバイスをしてくれた。
「中納さんが3回で終わる謎が解けた。
中納さんの話は聞き流した方が良い…かな。
それより、包茎とかあったら女性が嫌うから、そっちのチェックを入れといた方がいいかも」

「人妻シリーズ」の選択といい、高崎はどういう性経験があるんだろう?

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涼が起きた時、姉の姿はもう無かった。
ヴァレンタイン当日にみんなの前で渡すのが恥ずかしいから、とデートに出かけたのだという。

みかねえが危ない!

いくら破廉恥な男でも、真っ昼間からいかがわしいところに連れ込みはしないだろう。
日が沈む前に2人を見つけださなければ、と思う。
姉が行きたがるところってどこだろう?
図書館くらいしか思いつかなかった。


喫茶店「天鳥」では店主一人が大忙しだった。

甥は午前中恋人に会ってきて、時期が時期だけにチョコレートをもらって帰ってきた。
そのチョコレートはまだ包装紙に包まれたまま、ビニール袋をかけられ、冷凍庫に入っている。
ビニール袋には「佑哉」「喰うな」「開けたら罰金」などの文字がびっしりと書き込まれている。
まったく戦力にならない状態なので、店には出なくて良いことにした。
2階からはベッドから落ちる音が聞こえてくる。

姪は兄と入れ違いでデパートに出かけた。
チョコレートを買いに行くのかと聞いてみたら、「北東北の物産展」に用があるのだという。
そうか、チョコレートではなく地酒か。
夢多き甥にも困ったものだが、(いくらBFが飲兵衛だからと言って)現実的に過ぎる姪もどうしたものか。

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涼が「ユッコちゃんなら何か知っているのではないか」と思いついたのは、姉を捜してかれこれ2時間も経った時だ。
歩き通しで疲れていたが、我慢した。
反対方向に来てしまった。どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう?

ドラッグストアに着き、金城有希子の姿を探した。
彼女は調剤薬局のコーナーにいて、その脇のソファに姉も見つけた。
姉はあきらかにひとりで来ていた。
昨晩あの男に「別れろ」と言ってやったのが効いたのか?
そんなはずはない。
まさか、妊娠検査薬を買いに来たのか?

近付いてみると、姉は「花粉症対策マニュアル」というパンフレットを眺めていた。
「みかねえ…」
姉は顔を上げた。驚いていない。
「涼はもう出たの?」
「え?」
「まだ? よかったー、涼が出たら、私もすぐなのよね」
有希子とは花粉症の話題をずっとしていたものらしい。
有希子も、ふうん、大変ね、等と相槌を打っている。

姉の買い物にまたもや付き合い、自分の花粉症対策グッズも買ってもらって、姉弟で店を出た。
「あの男は……」
「佑哉君なら、午前中に会ってたよ。…なんだか寝不足って感じで…」
姉に会う前の日だったのに、やはりレイプものを観ていたのか…。
姉一人を大事に愛するのなら認めてやってもいい――と思った矢先だったのに。
あの男を最初に見た時に良い印象を持たなかった。
あの時の印象は間違いではなかったのだ。

「ちょっと、涼、どうしちゃったの?」
ポロポロと涙を零している弟に、姉はタオルハンカチを差し出した。
子どもの頃から感情的な子で、脳細胞は右脳の方だけが活動しているのではないかと思うことしばしばだ。
往来の真ん中で、ハタチの男の子が泣いていたら、誰でも不審に思うだろう。

「あいつが…好き?」
「うん」
「あいつの何を知っている?」
「優しくて、真面目で、鈍いところ。鈍いのは…お互い様」
「男は嘘吐きだぞ」
「嘘じゃないと思うけどなあ……ね、涼、あんた、ヘンだよ?」
姉が無事だと分かって、家に帰ろうと思った途端に、酷いめまいに襲われた。
立っているのが辛い、気持ち悪い。
「帰ろう、涼」
「……海野のところで休ませてもらう」
「そんなに海野君に甘えちゃダメ……」
「………」


姉の肩を借りてようやく海野の家に辿り着いた。
家まではとてももたなかっただろう。
すぐに航一の部屋へ連れて行かれ、寝かされた。
横になると、なんだか落ち着いた。
「すみません。家に帰って車をとってきますから……」
「いいんですよ、具合が良くなったら航一に送らせ……」
開け放したドアの向こうで姉たちの声が聞こえていた。


姉が帰ってしばらくしたらだいぶ具合が良くなった。
航一に送ってもらおうと思い、上半身を起こしたらまた寒気がした。
「まだ起きちゃダメだ。起きあがった途端に唇が紫色になった。
無理せずに泊まっていけ。…あ…そうだ」
航一はピンク色の砂糖菓子を涼に渡した。
たまたまデパートで紗耶香に会ったのだそうだ。
彼女はヴァレンタインデー合わせの買い物中だった。
その時航一も彼女お薦めの八戸のお菓子を購入した。
「さやちゃんのBFが好きそうだから、って。口惜しいけど、可愛いなあ。どう、旨い?」

ベッドの上の涼を見ると、すでに意識を失っていた。
焼酎原液を砂糖の殻で包んである菓子だから、無理もない。


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