「13・たはむれの会」


朝、五郎が片付けた「死霊ホイホイ初号(改良型)」は摂津が預かることになった。
百済の婿入り先探しには全員が賛同したので、淳良を叱るわけにはいかない。
やはり、他ならぬ淳良に持たせたのが、間違いの元であった。

淳良も少しは遠慮すればよいものを。
しばしば摂津の房に出向いては、「死霊ホイホイ初号(改良型)」で遊ぼうと提案する。
「もっと沢山捕まえようよ」
「やめなさい。虫取りじゃありません」

対照的に、龍は全くやってこなくなった。
夏の終わり頃、急に彼の足が途絶えがちになった。
あまりに変化が大きかったので、見当は付いていた。
「騎に何か言ったの?」
「何か、とは何でしょう?」
その質問を発する度、五郎の顔から、瞳の奥からさえ表情が消えた。

「龍に何か言った?」
「何か、とは何でしょう?」
決まった応答が繰り返された。
だが、そこからはいつもとは少々違っていた。
「摂津に近付くな、とか」
「………」
「やっぱり」
摂津は仕方なさそうに言った。
「バカだね、五郎。神霊に恩を売っといて、損はないでしょう?」
「御前……」
摂津は微笑して、五郎の手を取ろうとした。
餌になる人間なら仕方ないが、神霊や鬼との接触はしないで欲しいというのだろうか?
弁えた五郎にしては珍しい行動だと思った。だが、
「御前。龍は御前を后に選ぶ気はない。もう、やめてください」
五郎は思ってもみなかったことを口にした。
「な……!」
「神霊に情は通じません」
五郎は言い募る。
「龍はかなり人間的な神霊だとは思います。でも、神霊は神霊です」
「我らとて人ではない、鬼なんだよ。そなたはまだ人間の感覚を持っていたのか? もういい加減忘れなさい」
「御前はまだ人間です。俺には分かる」
五郎は何と言っていいのか分からず、必死に「やめてください」を繰り返した。
「……そういうことを決めつけられたくない」

後味の悪い思いで摂津は庭に出た。
五郎の言うことを「分かる」とは言えない。
五郎を恨んではいない、寧ろ感謝しているのだと、五郎にうまく伝える方法を最早考えつかなかった。
だが、彼は龍を信用できないのではなく、50年ほどで寿命が尽きる人間とは違い、未来永劫生き続ける可能性を持った神霊に摂津を差し出したら、もう2度と手に入らないのだと、計算していることを意識しているのだろうか?

庭石の一つに龍が腰掛けていた。淳良が傍らにいた。
2人は同時に摂津を見つけた。
淳良は嬉しそうに駆け寄ってきた。
龍は目を逸らせ、気が付かなかった振りをした。
「ねえ、摂津、明日小埜君のところへ行ってくるんだ」
淳良はにこにこしている。
「小埜君」と聞いて、摂津は驚いた。
「ちょっと! 龍、何故、止めないの?」
龍は決まり悪そうに頭を掻いた。
「いや……なんか、善意みたいだ。今度は良いんじゃないかな、と……」
「ばかじゃなかろうか。今までの悪行も、全部、善意か好奇心だというに」
これには淳良が異論を唱えた。
「えー? 摂津は心配性だなあ。今度こそ大丈夫だって。龍だってこう言ってるんだし。そのうち風綬のように胃痛持ちになるよ」


翌朝、早くに淳良は小埜君を訪ねたのだが、彼女は出かけた後だった。
何でも長谷寺への参詣だという。

参詣という名目で、「たはむれの会」の集まりがあるらしい。
「たはむれの会」とは、男女を問わず、自分の好奇心の赴くままに研究と発明をする人間の集まりだそうだ。「類は友を呼ぶ」と言うものだろう。
因みに百済も「たはむれの会」の一員であったのに、死霊となってしまったために参加できないのだった。
(小埜君の近くに行っただけで更に死んでしまう。)

がっかりしたが、「走るんです」を譲り受けた。
小埜君が動かそうとしても、全く動かない、と言っていたから、乗り物らしかった。
淳良は「走るんです」の座面に座った。
「走るんです」はゆっくりと地面から離れた。
「?」
淳良を乗せたまま、「走るんです」は走り続ける。
まるで龍が走っているような、もの凄い速度である。

「ぎゃあぁぁぁぁ!」

振り落とされないように必死で掴まるうちに、前方についた鞠型の物の方へ動くことに気が付いた。
手前に付いているのは操作棒ではないだろうか。
淳良は操作棒を手に取った。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
淳良は悲鳴を上げ続けたが、「走るんです」は真っ直ぐに「浅倉殿」に向かっていた。

浅く腰掛けた淳良が、棒を掴んで動かしている。
彼の足元には無数の妖かし共が目前の鞠に向かって殺到していく。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
結果として、淳良を乗せた幌無しの車?は獣が駆るような速さで走っていた。
それは寺の石段の下で弾かれた。
人間の出入りは自由だが、妖かしは入ってこられない、摂津の結界に触れたのだ。

気を失っていたらしい。
淳良は辺りを見渡した。
どうやら風綬が介抱してくれていたらしい。
親王と摂津もいる。
「? 龍と五郎は?」
「左京へ様子見に。小埜君が出かけたから、魑魅魍魎が押し寄せるだろう」
「では、戦うのか?」
「それは龍だけ。五郎は海覚を護るんだよ」
「摂津はどうするの?」
「ここで3人纏めて護る。多勢に無勢だから、ここに集まって貰った」
「”走るんです”は?」
「あのからくりくらいなら取り上げないけど……。気を付けて遊ぶんだよ」
「どこにあるの?」
「百済の祠。だから、昼間は遊んでいいよ。交換条件に、百済が結界外の防衛をやってくれる。だから、夜は貸してあげなさい」
「百済がどんな防衛してくれるの?」
「何か作ってるけど……。結界騎手っていったかな? 十二支に合わせて、騎手を置くんだそうだ。中に淳良の通力を濃縮した物を仕込むって言ってた」
「俺の通力が役に立つんだね」
「うん。良い魔除けだ」
あまりの不味さに、やってきた魑魅魍魎の類も引き返すだろうと言う。
淳良は頬を膨らませた。

摂津と親王が何やら作戦を練っている間、淳良は風綬を連れだした。
「昼間は遊んで良い」筈だ。
「走るんです」の操縦が上手になれば、きっと楽しい。
石段を下りて、祠から「走るんです」を取りだした。
先ず、風綬を病みつきにして味方にしよう、と淳良は考えた。
風綬は、淳良があまり熱心に誘うので、不安半分、好奇心半分で、座面に座った。

「!」
もぞもぞする。体中を撫で回されているようだ。
「んぅ……?」
風綬は身体を捩って「それら」から逃れようとするのだが、押さえつけられているように、あるいは無数の手に捕まれているように、動けない。
「操縦棒を握って動かすんだよ。でも……変だなあ、浮かび上がらないね」
淳良はにこにこしながら、見守っている。
「早く動かしなよ。俺なんか一回でできたんだよ」
「ちがっ……あっ、あぅ……たすけ……」
「へっただなあ。頑張れー。できれば楽しいんだよ。後は投げ出されないように気を付けないと」
とは言ったものの淳良も「何かがおかしい」と思った。

「何をしている!」
摂津のきつい声が響いた。
体中ビリビリとする。
摂津は2人の方に近付いてきた。
「去ねい!」
摂津が一喝したところで、風綬は「解放された」。
「龍と五郎が出てるんだ。おまえ達、脳天気にも程がある。どうせ淳良がよからぬことを企んだのだろうが、風綬も大人しく乗せられるんじゃないよ」
淳良はきょとんとしている。
風綬は耳元まで赤くなった。

「走るんです」の操縦棒の先に装着された鞠の中には、風綬の汗をしみこませた布が入っている。
普通の人間に通力はないし、淳良はとてつもなく不味いから、座面の下に組み込まれた「妖かし集め」に捕らわれた妖かし共は鞠を目指して走る。
だが、風綬が座れば、風綬に群がるに決まっているではないか。

摂津は「走るんです」を祠に収めると、2人を引きずって行った。
「昼間なら遊んで良いって言ったじゃないか!」


鬼と言わず神霊といわず、逃げまどっていた。
逃げ遅れた下等な霊や物の怪は一瞬にして消滅した。
宇治の鬼も栗駒山の鬼も這々の体である。
小埜君は上機嫌で歩いていた。
市女笠から垂れた虫の衣を払いかねないほど、精力的だ。

算博士と学生は先に椿市に着いていた。
算博士は趣味で発明をしている男だ。
高見王と気が合い、出入りするようになった。
そのうち正室の小埜ともっと気が合うようになったのだ。
だが、恋愛は一切は入り込んでいない。
彼女を妻としている高見王は良い度胸をしていると思う。

この1年で作った発明品の説明をし合う。
昨年は算博士が優勝したが、今年は小埜君がダントツであった。
「素晴らしく調子がよいのですねえ」
「それがねえ、素晴らしい実験の才能の持ち主を見つけましたの。私が失敗した物を全て成功させてるんですよ。武蔵から主人が連れてきた子なのです」
「その子……紹介して欲しい、…」
「私も是非、ご紹介頂きたいものですな。御邸を訪ねればよろしいですか?」
「それが……浅倉殿の法親王様がその子をお気に召して、召し抱えてしまわれたの。何でも百済殿も召し抱えられたそうですよ」
「変わったお方だな」
「浅倉殿は何もかも変わってます。1度乗り込みたいんですけど、ご一緒しません?」
「僕、行きたいです。先生、その百済さんにお会いしたいと思ってました」
「それなら明日お参りして行きましょう」


その夜は左京のあちこちで火の手が上がった。
荒くれた霊も多い。
間に合えばだが、龍が火を体内に取り込んだ。
その熱を発して京の上空に舞い上がった。
霊共は人の多いところが好きだ。
それが結界以上に厄介なもので遮られていた。
何故、今夜入れるようになったのかは分かっていない様子だ。
ただ、人家に喜び、放火し、あちらへこちらへ群れ集うのだった。
まず、人肉を喰らうもの、殺戮を楽しむ者を始末して行かねばなるまい。
鬼と見たら、神霊が目の敵にするのも分かる。

キリがない。
龍が焦りを感じ始めた頃、
「龍太子様、助太刀いたさん」
と声を掛ける者がある。
見ると浅海の神霊である。
ただ何故こんなところにいるのか?
「迷うて来ました。淀の龍に龍太子様をお助けすれば、私が元の海に帰ることができるよう計らってくださると、知恵を授けられましてな」
「え? 俺にできることなら言え。別に見返りを求めようとは思わない。……手伝ってくれるのは助かる」
「何をすればよろしいか?」
「火を消してくれ。俺は殺人の方を解決してくる」
「承知」

五郎も押し寄せてくる鬼共を追い払っていた。
摂津のように多彩な術を使えるわけではない、彼は力技である。
しかし、摂津をおいて浅倉殿を護りきれる者はいない。
海覚の護衛は五郎から買って出た。
畿内にわずか5人。
うち3人が浅倉殿にいる。

海覚は五郎の背後に苦労して張り付いていた。
この鬼の結界はわずか3尺だという。
鬼相手なら負けないが、下等な霊に取り憑かれるなと注意された。


朝になった。
しつこく纏い付いてくる下等な霊や怪の類は気の澱んだ場所へと引き上げた。
「あとは大物だけです。うかうかと手を出しては来ないでしょうが」
五郎は印を結んで座した。海覚もその右側で同じ姿勢を取った。
雑員に紛れて、五郎は海覚について番上した。


5日目の朝、くしゃみが出た。
「終わった!」
龍が叫びながら、浅海の神霊を伴って海覚宅を訪ねた。
「終わったのは嬉しいのですが、しばらく目が痒いんですね」
「早いとこ左京から引き上げようぜ」
慣れていない浅海の神霊は目が開けられないで困っている。

浅倉殿でも百済が続けてくしゃみをしたので、「終わった」ことを知った。
まず摂津が結界を出た。
人間達にはまだ出るなと言ってある。
特に風綬は決して出てはいけない。

百済は十二支といったのだが、実際に彼が作った「結界騎手」は十二支の動物とはあまり関係なさそうなものが多かった。
神崎はいそいそとそれらの一体を着込んでいた。
霊木と金属を組み合わせたものだが、着ることができるのだという。
「不味い薬を取りだして、さてこれでよし」
「それは何ぞ?」
「外部と遮断するためのカラクリだ。小埜君に近付かれても、何とか死なずに済む」
「本当? さすが、たはむれの会の人間だ」
「摂津も着てみるか?」
摂津は自分用の他、龍や五郎の防御服まで選んだ。
「逆に小埜君に着せたら?」
「話しかける前に死んでしまう」

摂津が戻ってきて、倒れるようにして眠った。
親王が倒れた摂津を抱き上げて、彼の寝床へ連れて行ってしまった。
そうこうするうちに、限りなく禿頭に近い龍と五郎、浅海の神霊が派手なくしゃみをしながら帰ってきた。

翌朝、それぞれの「結界騎手」を着た人外の者共の準備も整い、「たはむれの会」の人間達を迎えた。



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