「14・たはぶれせんとや生まれけむ」


朝のことである。
「淳良、犬枕クンを結界騎手の中に入れてやりなさい。小埜君がいらしたら、ひとたまりもない。ただの枕に戻ってしまうよ」
摂津にそう言われて、歩いていたら
「淳良、百済の祠に行って来い。犬枕クン用の結界騎手を見繕って貰え」
風綬にも同じ事を言われた。
「犬枕クンと御器文ちゃん用の、だね」
風綬は嫌そうな顔をして、「もともとは親王の持ち物であったのに……」とブツブツ言った。

小埜君が来るなら、結界は必要ない。
人外の5人が浅倉殿でかたまっていた。
結界騎手を着込んでいない様々なモノ達が消滅していった。
潮が引くように、怪が消えていく。

程なく小埜君の一行が到着した。
「先生が発明した霊探知機、壊れたのでしょうか?」
学生が首を捻っている。
「そうでもないのですよ。最近の霊は活きが悪くて」
小埜君が苦笑した。

寺の敷地内に設けられた浅倉殿に近付くと、針が振りきった。
「見たまえ。私の作品は完璧だ」
「神霊がかなり身分の高い者らしくて、鬼2匹のうち、1匹もやっぱり高貴な者らしいの。その上、死霊の百済殿でしょ。もっと感度を下げた方が良いですよ」
「何と!…素晴らしい……!」


人外の者達の結界騎手を着込んだ姿は、考えようによっては大変失礼なのだが、「たはむれの会」の3人は大喜びだ。
「素敵な防護服ね」
小埜君がもっとよく見ようと、百済に近付いた。
「う…うう……」
「あら、どうなさったの? 具合が悪い?」
「何せ…死霊ですから」
「それもそうねー。あははは」
百済は「大人の忍耐」を以て耐えていた。

その後、「たはむれの会」の3人も「結界騎手を着たい」と言い出した。
そこで、百済は、小埜君用に特に装甲の厚いものを選び、ありったけの「薬」を中に塗りつけた。
幸い、小埜君は結界騎手を気に入った。
浅倉殿を退出する時に脱ぐという。

小埜君と算博士は、続いて粗末な木箱を庭先に持ってこさせた。

「これは、メスに与えると、うまくいくと縞模様の仔が取れる薬です」
算博士が先に説明した。薬は淳良に渡された。
「今のところ、トラ馬とトラ犬が成功しています。トラ馬の方はよろしくなくて、少しの物音にもビクビクして、仔馬のうちに死んでしまいました。しかし、トラ犬の方は元気です。親王様、もしよろしければ我が家にお渡りください。トラ犬をお目に掛けたく存じます」

「私がお持ちしたのは、遠く離れた場所でもどつき合えるカラクリです。衝撃連鎖・ドツキ君零号と命名しました。これは2人組で用いましてね、夫が地方に下って妻が京に残る夫婦にはピッタリだと思います。2人がどんなに離れていても、相手の身体の予め決めた場所に衝撃を与えることができます。夢に出てくれるのを待つよりも確実ですよ。ただ、間に通力を持つ人間がいた場合、カラクリが攻撃対象を取り違える可能性があります。私、実験してみましたけど、私から主人へはうまく伝わるものの、逆がうまく行かないんです」
衝撃を伝える媒体である怪や気が、小埜君の近くに行くと死に絶えてしまうからなのだが、勿論小埜君は自分自身が超強力消毒薬だとは気が付いていない。

2つの玩具が親王に献上された。
淳良は嬉しくて仕方ないらしく、笑顔に溢れている。
一方の風綬は蒼白になった。
小埜君の発明なら、確実に風綬が被害者になる。
算博士の発明は、説明を聞く限りにおいては大丈夫そうだが、風綬の体質から言って安心はできない。

無駄だろうとは思いつつ、親王は聞いてみた。
「そちらは、惚れ薬とか、鬼を普通の人間の霊に戻すカラクリとか、……何か、こう、……世のため、人のためになる発明をしようという気は持ち合わせぬのか?」

小埜君と学生は結界騎手の中で舌を出した。
「惚れ薬なんか面白くありませんよ。そうね、どうせ惚れ薬を作るなら、鳥に惚れられる体質になるとか、虫に惚れられる体質になるとか、……」
親王は慌てて「要らない」と言った。
「せっかくの楽しい鬼を、普通の霊に戻すなんて……つまらない…と思います」
学生も、おずおずとではあったが、その気がないことを答えた。
この会で一番まともな算博士だけは、かしこまっていた。


玩具があれば、遊んでみたいというのは人情というものだ。
「衝撃連鎖・ドツキ君零号」は相手がいなければ使えない。
淳良としては「トラ縞製造器(仮名)」をやってみたい。勿論、本物の女性である優衣君や尼君に試そうなどという考えは微塵もない。

風綬にシマヘビの卵を産ませてみたい。

風綬が淳良と同じ男子であることは承知している。
だが、相手が神霊である以上、肉体の性別は関係ないかも知れない。
霊に男女はないといっていたではないか。

問題はどうやって飲ませるか、である。
彼は猜疑心が強い。
「これ、飲んでー、飲んでー」
「うん」
という具合に行くはずがない。
酒に混ぜるのがよいかと思い立ち、やってみた。
「トラ縞製造器(仮名)」を1粒だけ取り出し、瓶子に落として風綬の房にさりげなく置いた。
これを飲み、まかり間違って寺の方で為されているような具合に行けば、実験が成立するかも知れない。


龍の腕の中で、風綬は目を閉じてじっとしている。
眠ってはいない。
そうしていることが心地よいのだという。
「寝ろよ。こうしててやるからさ」
「……あの玩具……また、淳良が一騒動起こすのかと思うと……」
「どうせ、やる。だから、今のうちに寝とけ」
「おまえはあの騒動でも毎回気にせず寝てるな……」
「仕方ないさ、淳良なんだから」
ふと目を上げると、枕元に瓶子が置かれている。
「風綬、寝酒を用意したのか?」
「寝酒? 覚えはないんだが……」
風綬が起きあがって、中を改めた。
一口付けてみて、酒であることを確認する。


小埜君が長谷詣に行った時、左京に流入してきた様々な鬼や死霊などと闘い、ほぼ力を使い果たした。
小蛇の姿でなければならないだろうと思った。
だが、力を使い果たした後も、身体の奥に芯のようなものが残っていた。
人間体で帰ってきても何ともなかった。

明らかに今までとは違う。

風綬の弱い通力では、覚醒は無理だと思う。
次の相手は味に拘らず、強さで選ばねば、と思った。
150年も即位を待たせているのだ、もう30〜40年待たせたところで何が変わるだろう?
だが、身体に違和感を感じる理由は他に思いつかないのだが。

風綬が杯を用意していた。
龍は、口を付けて「女臭い」と思った。
「なんか変だな」
「何が?」
風綬は不思議そうに龍を見た。
「おまえがいいなら、ま、いいか」
「変な奴」

やはり、もやもやとした奇妙な気持ちは収まらない。
龍は頭を冷やしたいと思った。
「散歩してくる」
慌てて着物を羽織って飛び出した。

神霊は損だ。空腹ではない、などという嘘は毛髪の状態で見破られてしまう。
俺はどうしてしまったのだろう?

椋の木にもたれかかっていたところに、摂津が様子を見に来た。
「何かあったのか?」
「よくわからん。突然だ。いつものように、通力を貰おうとしたのだが……」
摂津は小首を傾げ、先を促した。
「摂津はどういう思いで通力を得ている? 親王から貰って五郎さんに分ける。何らかの思いはあるのか?」
「愛している……かもしれぬ。まさかね」
「………」
「いきなり、どうかしたのか……?」
「人間達にとっては親兄弟ほどの接触であろう?」
「人間も神霊も似たようなものだね。今さら遠慮か?」
「遠慮と言うよりは……。おまえから通力を貰う時は相当接触が深いから……」
「風綬にも同じことになったの?」
「それは嫌だ。あいつは生身なんだし。神霊の世界には、霊でなければ連れて行けないんだから、殺すってことだろ?」
「龍は人間を殺すのが嫌なんだ?」
「嫌だよ」
「我ならいいのか?」
「………」
「これでも人の霊だ。もうとっくに死んだ」
「………」
「嘘、うそ! なんて顔してる? 我は鬼ぞ。鬼がそのような望みを持つわけがない…」
「……摂津…」
「な、なに……?」
「それも成仏には違いないが、神霊の世界に往生する。2度と親兄弟には会えない。それでよければ……」
「ばかっ! 鬼は成仏したくないものだ」
「そうか? 摂津は普通の鬼とは違うと思う」
「バカなこと言ってる。それより、風綬のところに戻っておやり。何が起こったのか、分かってないでしょう。あの子はおまえを父のように見ているところがあるから」
「父、か……」

戻ってみると、風綬はきょとんとした顔のまま、同じ姿勢でいた。
横たわらせて、夜具で包んだ。
「寝よう」
龍が提案すると、風綬は無言で瞼を閉じた。


浅海の神霊は須磨の者らしい。龍が案内することになっているが、京を出る前に挨拶をしたい相手がいるという。
海覚である。
龍は浅海の神霊を止めたくて堪らなくなった。
「止めた方が良い。人間を辛い目に遭わせる……俺のように」
「それは、通力を貰うやり方のことでしょう?」
「え? まあ、そうだね」
「だったら、心配要りません。海の生物は全身これ粘膜。被った夜具でも貰えれば結構。それだけで大宰府と京とを2往復は行けます。念のため龍太子様に付いてきていただければ、俺が彼と約束を交わしたことは十分伝わりましょう。陸の者にとっては汐の匂いが相当きつくて、揺られている気分になるものらしいですな」
龍は驚いた。そんなことがあるのだろうか。
しかし、浅海の神霊は自信たっぷりであり、あながち嘘とも思えなかった。
百済が気前よく結界騎手を譲ってくれた。

龍が浅海の神霊を送っていったが、淀川の河口まで出れば迷わず行けるだろうと摂津が言っていた。
龍の泳ぎならば、翌日には帰ってこよう。

ところが、2日経っても3日経っても帰ってこない。
「浅海の神霊が川の泳ぎには馴れてないのでしょう」
五郎が、淳良に言い聞かせる振りをして風綬を慰めていた。



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